F1からSUPER GTマシンの画像を紹介


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SUPER AGURIを振り返る

今回の企画室は06年からF1の世界に飛び込んだSUPER AGURI F1 TEAMを見ていきましょう
このチームの成り立ちはちょっと複雑で、05年にFIAにエントリー申請を出したのですが一度却下されています
理由としては書類の不備、資金面(参戦供託金約58億ともいわれている)で不安が囁かれた

エンジンとタイヤは順調に決まったのだがここでチームとして大きな誤算が・・・
使用できると思っていたBAR007シャーシが使用できないとの通達が入る
これは規定により過去2年間の知的所有権の売買が認められないということが判明
元々何処かのチームを買収して参戦する形ではなく一からの参戦でシャーシを持っていない訳です
06年新型V8エンジン HONDA RA806E
       新型V8エンジン HONDA RA806E 2400cc 
これによりチームは元ミナルディオーナー、ポール・ストッダートが所有する2002年型シャーシ
アロウズA23シャーシを買い取りこれを元にSA05シャーシを作成することになる
エンジンは19000回転/700馬力以上を叩き出す新型エンジンを搭載し後に登場するSA06の基礎データ集めが主なミッションになるでしょう
SA05
これにより開幕戦に姿を現したスーパーアグリF1チームをちょっと違った視点から見ていきましょう

まずオーナーの鈴木 亜久里氏との出会いは1985年にさかのぼる、当時F3に出場していたレーサーでこの年ランキング2位になった
その後全日本F3000にステップアップを果たし88年には全日本F3000王者となる
そしてF1フル参戦を果たした89年ザクスピードヤマハで全戦予選落ちという記録を作ってしまった
当時のザクスピードはF1チームの技量を持ったチームではなかったのでこれは仕方が無いですが
そして90年の鈴鹿でランボルギーニ・ラルースで悲願の3位表彰台へ
ラルースランボルギーニLC90
その後はフットワーク、ジョーダン、リジェと渡り歩いたのだが不本意なままF1から引退を決めた

しかしその後が彼の評価を押し上げることになる
まずはその交渉術、あのトム・ウォーキンショウと対等な立場でビジネスの話が出来る事や
自身でスーパーアグリカンパニーを設立してフォーミュラニッポン、全日本GT選手権にエントリー
そしてオートバックスをメインスポンサーにARTA(オートバックス・レーシング・チーム・アグリ)を設立しF1プロジェクトをぶち上げた
さらにIRLではエイドリアン・フェルナンデスと共同オーナーとなりスーパーアグリ・フェルナンデス・レーシングを設立

ARTAの評価すべきところはカートなどの下位カテゴリーから全日本選手権クラスまでサポートしていることこれによりステップアップしやすい環境作りを積極的に行なっている

このようにして日本のモータースポーツ界に影響力を及ぼす鈴木 亜久里氏が満を持してF1サーカスに登場した、
もちろん無謀な戦いになるでしょうし当分は動くシケインと揶揄されるでしょう
だがこのタイミングでエントリーしなければチャンスは無かったでしょう

しかし何時の日かスーパーアグリF1チームが入賞する日が来るやも知れません
このままミナルディのように新人選手のエントリーチームとしてF1界で存在意義を見つけるか?はたまた意外性を売り物にレースをかき回すか?

それは今後のお楽しみでとっておきましょう
今は・・・日本から新しいプライベートチームが誕生したと言う「快挙」を祝いましょう










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